エマニエル夫人をご存じだろうか?

1974年のフランス映画。バンコクに住む外交官の妻であるエマニエルは、それなりに幸福ではあるが平穏すぎる日常に何処か退屈さを感じていた。そんなある日、エマニエルは知人の紹介で「性の儀式」を受け入れることになる。初めのうちは大人しかった彼女だが、次第に内に秘めた欲望を開花させ、性の解放とその真理を追求するため大胆な女性へと変貌していく…。
「エマニエル夫人」とは、それはまぁ~エロい映画であった。
まぁ自分も映画好きとして観ておくべき作品だと、使命感に駆られ、観たわけ...........
ではなく、
単なるエロ目的で観たわけだが、ところがどっこいなんとも文学的な香りのする作品だったのである。
印象に残ったのが音楽。頭から離れない・・・・
「エマニエル夫人のテーマ」 ↓ ↓ ↓
当時の日本の現象として、映画館ではポルノ映画にも関わらず女性客が7割、男性客3割といった割合で男どもが非常に気まずい映画体験をしたそうだ。
性の解放という名目で女性が観るポルノという主旨でつくられた作品であるので、この割合は真っ当なのかもしれない。(今では想像できませんな.......)
まさに「さよならエマニエル夫人」である。
世界中の男のエマニエル坊やがお世話になったことであろう。
・・・・・・・・・・・・・・
話は変わるが、ホントに60年代から70年代は魅力的である。
現在の多種多様に溢れているポップカルチャーの根本的な良さがあるように思える。
商業的に、大衆的に、伝えたいこと(表現したいこと)に魂が感じられるのだ。
保守的なものは糞くらえ!!
セックス&ドラッグ&ロックンロールだ!!!
・・・・・・・
今が退屈であるのは表現自体がただ「あやふや」になったからだ。
あやふやになった多様な価値観を認めすぎるあまり、形骸化し、退屈になっていったのである。
全部が全部、認めてしまった結果が今のこの風潮なのだ。
商業的に大多数の人々に受け入れやすいように解り易く表現していった結果、本質が失われていった。後世には何も残らない。中身がないからな。
本来、サブカルチャーやカウンターカルチャーというものはアンダーグラウンドでのみ、一部の少数派によって支持されるものだが、
そういった人間の言っていることが鋭く感じられたり、考えていることに本質があることに気がつかされる現代はそうとうメインであるべき土台が脆弱なんだと思う。
(そうじゃなくても真実な場合が多いが..........)
そんな事いっていたら、周りの同調感覚からずれてしまい、苦労する事になるので、
やめといたほうがいい、孤独になるからな!

「MILK」2008年公開
映画「ミルク」は、その少数派(マイノリティ)に対する多数派(マス)の暴力について考えさせられる作品である。
普通な人の感覚にとって、理解できないもの、知らないものには不安感や嫌悪感をいだいてしまうものであり、昔からそれは変わらない。
大多数の人々の無知や偏見により本来正しいもの、純粋なものに気がつかないのが恐ろしいことである。
無知が引き起こす偏見や、過半数の人の思い込みで少数派の意見を無視して全体の結論に至ってしまう、それがいじめや暴力につながるのだ。
この映画では最終的に主人公ミルクが凶弾に倒れる運命にある。
それはマスの暴力が引き起こした結果である。
「インビクタス」2009年公開
映画「インビクタス」の中でネルソン・マンデラ役のモーガン・フリーマンは諭すように指摘する......
「お前は理解せずに批判している....
----- 身勝手な考え方だ ------。」
.......と。
正論がただの建前になっている。正論がいかにきれいごとで野暮なのかに逆説的に気付くか気が付かないかの違いである。
安易な正論だけを信じているといつか裏切られるよ。現実は。
実際表出しているのは”悪意”や”差別”だから。
とボンクラは思ったのだ。
歌でもなんでも公序良俗に則った、生ぬるいヒューマニズムで溢れかえっている「無菌の建前」に疑問を感じない方が楽に生きれる。
しかし面白くないし、退屈だし中身がない。現実は違う。
何より本当に苦しい人は救われない。
だからアナーキズムが表現の根源となっている音楽、本、映画作品が刺激的でかつ、真っ当に的を射ていると信じることこそ若者らしくていいじゃないか。
と若いボンクラは思っていてもいいと思うし、そんな大人がたくさんいても良いと思う。
それを異端ととらえ、白か黒かの二元論でしか分類できない観方はあまりにも貧困であり幼稚だ。
多種多様な価値観を認めるならそこなんじゃないか?
と疑問を感じずにいられない。
イアン・デューリーのヒット曲で『セックス&ドラッグズ&ロック&ロール』がある。
バカげた生き方を貫け
でなきゃ窓から捨てな
あんたらの賢い生き方も
俺は経験したから知ってるよ
他にも生き方はいくらでもある
どんな洋服だって
似合わなきゃだめさ
好きなように切り刻め
ドブネズミ色の背広なんて哀れだぜ
きみにちょっとアドバイス
いや、礼には及ばんよ
特売品には引っかかるな
奴らは君を変えたいんだ
奴らが仕掛けた罠なんだ
君を普通にしようって企みさ
かぶりつくなら小さいケーキ
自由という名のケーキさ
デューリーは大学を経て美術教師をしていたが、それを放り出してロックの世界に入った。
それは幼いころにポリオを患って片脚が萎えてしまったことが関係している。
「当時のイギリスは障害者に対する差別がひどくて、社会から隔離しようとした。僕は必死に真面目な市民でいようとしたけど、急にバカらしくなった。
なんで、みんな同じでなきゃいけないんだ?体も見た目も生き方も違ってていいじゃないか!って爆発しちまったんだ。」・・・・・・・・・・・・
おあとがよろしいようで。

イアン・デューリー
Ian Dury、(1942~2000)イギリスのロック ミュージシャン

ネルソン・マンデラ
Nelson Rolihlahla Mandela、(1918~)
第8代 南アフリカ大統領
反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動により反逆罪で27年間刑務所に収容され、拷問された。
釈放後、大統領に就任。民族和解・協調政策を進めた。

ハーヴェイ・バーナード・ミルク
Harvey Bernard Milk、(1930~1978)
アメリカ合衆国の政治家、ゲイの権利活動家
*ポリオ・・・wikiより、
急性灰白髄炎(きゅうせいかいはくずいえん、poliomyelitis)は、ポリオ (Polio) とも呼ばれる。ピコルナウイルス科、エンテロウイルス属のポリオウイルスによって発症するウイルス感染症のこと。ポリオは、Poliomyelitis(ポリオマイアライティス)の省略形。ポリオウイルスが原因で、脊髄の灰白質が炎症をおこす。はじめの数日間は胃腸炎のような症状があらわれるが、その後1パーセント以下の確率で、ウイルスに関連した左右非対称性の弛緩性麻痺(下肢に多い)を呈する病気である。



投稿の内容とは少し趣旨の違うコメントかもしれません。正義感や嫌悪感、攻撃性や積極性など、人の考え方ほど絶対的で抽象的なものはないと思います。本人にとっての絶対でも、他人にはそれを憶測することしかできないんですよね。だこらこそ人や作品の背景を何も知らず、「ださい」とか「きもい」とか「間違っている」とかな考え方をすることは、それだけで人を傷つけることだってあるかもしれません。私には昔や今を比較するほどの知識はありません。ですが、物事を柔軟に考え、未知の事象に対しても否定することなく、少しでも理解しようと頑張れるような、そんな『思いやり』をもった優しい人が今の世の中にたくさんいるなら、素敵なことだと感じます。・・・私も頭がまだまだ固いですが、そうなれたらなと思います ><
返信削除初コメントありがとうございます!
削除頭が固いのは私の方です。
チョット強引な文章で不快感を持たれる方もいると思います。
考え過ぎなのかもしれませんが、これからも否定され続けると思うと流石に自信がなくなります(笑)
何が正しくて正くないかわからないです。
それこそ二元論で解決しようとする自分自身が浅はかな気がします。
多分自分に自信がないし、誰かに認めて欲しいのでしょう。
素直に知恵や知識を追求していけばいいのに不満や欺瞞がみえてくる。
季節の変わり目は病むというジンクスにハマっちまったようです(笑)