もう今年も終わる!
マヤ文明の予言である「2012年人類滅亡」説は裏切られそうである。
『2012』という映画を2009年に観に行ったが、中国ではこの映画が大ヒット。
中国ではこの予言を信じている人たちでいっぱいだ!
ところが、
NASAがこの滅亡説をでっち上げと発表した。
・・・・・・・・
安心していいだろう、なんたってNASAだからな・・・・。
さらに、
NASAによれば、「あと地球は40億年は滅亡しない」という・・・・・・・。
信じるよ!なんたってNASAだからな!
ところでNASAって何の略なんだ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そんでもって、もうすぐ年末である。
このボンクラは学校の課題を年末までに終わらせるか、年明けに持ち越すか悩んでいるのだ。
悩む、悩む、悩む・・・・・。
もちろん前者を選択するのが最善なのであろう。
それは今年の負担を今年中に終えることで、少なくとも新年からの負担を減らすことができるからだ。
さらに負荷が軽くなるので気持ちと時間の余裕ができて、新年を気持ちよく迎えられるのだ!
完ぺきである。
なら何も悩まず前者を選択すればいいじゃないか!
と思うか方もいるだろう。
しかしだね、
めんどくさいという例のアレがでてくるのだ。
説明すると「めんどくささ」とは、例のアレで例のソレだ。
・・・・・・・・
来年このボンクラは就職活動というものをしなければならない。
2年後には社会に出て働くわけだ。
「大人」になるのか?俺が?
そもそも「大人」ってどういう基準で「大人」と、とらえるのかじぇんじぇん解らん。
立志式や成人式という意味のない通過儀礼を経て、車の免許や選挙権なんかの資格を取ったら「大人」になれるのか?
そんなもん生きてたら勝手になれるっつーの!
社会に出てもらう前に「責任」というものを臭わす必要がある。
そう思って「大人」たちがこれらをわざわざ設定(作ること)をしたとすると、「大人」って何?
「大人」とは役割でそれを社会で演じ続けられるのが「大人」?
そういう「大人」を社会は必要とするのか?
だとしたらそこに「責任」って感じられるの?
だったら、好きなことややりたいことを捨てての「大人」になる勇気がまだこのボンクラには無いみたいだ。
それを捨てる勇気も無いみたいだな。
そう考えると親父って凄いなと、最近心底おもいます。
「大晦日は飲もうぜ親父!!」
(実際は本人の前では恐いので「お父さん」と呼んでいます・・・・。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
来る年末には除夜の鐘が鳴らされる。
この除夜の鐘というものは百八つの煩悩を取り除いてくれるという。
このボンクラは煩悩だらけであるがためにこの一年、いや、この人生苦しみ続けているのである。
なら「この煩悩を全て取り除いてくれ!」
と思ったが、
煩悩が無かったら 「自分じゃなくなるよな」 とも思ったのだ。
ああなりたい、やってみたい、できるようになりたいなどの「欲求」を実行しない人間って「つまらない」。
学校や社会の共同体のなかにいる以上、やりたいことばかりできる状態ではない。
つまり「縛り」があるということだ。
しかし、縛りの無い状態で自分以外に甘えてやりたいことばかりやるのは子供だ。
「縛り」があるなかで、つまらなく思える人生を何とかおもしろがろうとする努力。
その努力を実行するかしないかの違いだと思う。
それを何一つ行動しないようなことが「つまらない」のだ。「自分の力で!」
ということで!
本を読んだ。

『葉隠入門』 著:三島由紀夫 新潮文庫
「われわれは死を考えることがいやなのである。死から何か有効な成分を引き出して、それを自分に役立てようとすることがいやなのである。われわれは、明るい目標、前向きの目標、生の目標に対して、いつも目を向けていようとする。
そして死がわれわれの生活を徐々に蝕んでいく力に対しては、なるたけ触れないでいたいと思っている。
死を意識の表へ連れ出すということこそ、精神衛生の大切な要素だということが閑却(かんきゃく)されているのである・・・。」
ご存じ三島由紀夫の葉隠(はがくれ)である。
「武士道とは、死ぬ事と見付けたり」
の一句が独り歩きしている本著であるが、切腹の話ではない。
サラリーマンとしてどうやって生きていくかの処世術なのだ。
ちなみに本著では三島由紀夫は半分しか書いていないらしい・・・・。
このボンクラはこの本を映画『ゴースト・ドッグ』で知ったが、今まで未読であった。
いつか読む!と思っていたがズルズルと時間が経ってしまった。
きっかけはTBSラジオ「タマフルの春の推薦図書特集」で町山智浩さんが紹介していたからである。
そこでの解釈があまりにも「カッコイイ!」し、胸を打つものがあったので引用(パクらせて)いただきます。
↓
ヒーローとは何か。
映画などで決定的に主人公がヒーローになる瞬間。
最初、主人公は自分の為のことばかり考えている。
それが自分のことじゃない人のことを考えたとき(利他的行動)をしたときにヒーローになる。
最近の世間やメディアの風潮は「やりたいことをやろうぜ!」とか「そのままでいいんだよ!」、「本当の自分に・・・・・・・。」とか
そうじゃない!
利他的行動=身を捨てる・・・・・・・これが「死ぬ」こと。
二者択一で「得する」、「得しない」、「責任にならない」、「責任になる」このような状況のときは、
身を捨てて自分に責任になる方を選べ。
なぜか、
その場合君は損をするだろう。
君はみんなから間抜けだ馬鹿だと言われるだろう。
「何損してんだ!」と言われるだろう・・・・・・・・・・・
でも誰も君の事を卑怯者だとは言わない。
もし死んでも卑怯者と言われなければいいじゃないか。
もし生きても卑怯者と言われたらお前の人生お終いだよ・・・
ーその「選択」が「武士道」なんだー
「自由」とは何か・・・・。
好きなことをやる・・・・・・・・・・と皆思っている。
そうじゃない。
「自由」とは、
「死んでもいいと思うことをやるということ」
人は怖いと思うから動けない。
「怖い」の最たるものは「死」である。
人間の一番の本能は自分を守ること・・・・それによって皆縛られている・・・
ー本当の自由になるには自分を守るなー
この『葉隠』をもとにした『ゴースト・ドッグ』という映画がある。

あらすじ・・・・「武士道というふは、死ぬことと見つけたり」
『葉隠』に著された言葉を銘とし、殺し屋として生きるゴースト・ドッグ。かつてマフィアの幹部に命を救われた彼は、その恩義に報いるためマフィアから指令を受け、人をほ葬る。だが、手違いから逆にマフィアに命を狙われるハメに陥り、やがて壮絶な戦いに・・・。
サムライ魂が宿る孤独な殺し屋を描くスタイリッシュ・アクション!!
ヒップホップが地に響き
殺しの伝書鳩が空を舞う
生まれはストリート
愛読書はHAGAKURE
マフィアとの対決が迫る・・・
という宣伝文句なのでB級と思われるが、ジャケットをみてわかるように監督・脚本はジム・ジャームッシュである。
なのでクオリティの保証はある。
主演はフォレスト・ウィテカー。監督はこの映画を彼を想定して脚本を書いたそうだ。
黒人であり巨漢の彼になぜキャスティングしたのか監督はこう述べている。
「私は、フォレスト・ウィティカーという人物に関心を持ちまして、役者として彼がどういう特徴を持っていて、どういうところを私が気に入っているかを考えました。私が1番面白いと思ったのは、彼が抱えている矛盾と申しますか、非常に優しいところと、巨体で威圧的な風貌を持っているところです。そういった矛盾を持った登場人物として、どういったものが考えられるのか考えて、犯罪者、戦士、殺し屋そういったキャラクターを考え、そして、段々、サムライ文化、武士道に興味を持っている人と、そして、自分が住んでいる現在の世界と、自分の置かれている状況が全く関係なく、文脈外に、サムライ文化を自分の生活に取り入れようとしている登場人物を考えました。したがって、最初からサムライということがあったわけではなくて、後からサムライというのが出てきたので、日本人の配役はまったく考えませんでした。」
たしかに、圧倒的な存在感がフォレスト・ウィテカーにはある気がする。
この数年後フォレスト・ウィテカーは2006年公開の映画『ラストキング・オブ・スコットランド』で「人喰い大統領」と恐れられたアミン大統領を演じている。

原題: The Last King of Scotland 2006年
日本語予告編↓ なによりも怖いのは人間の本性・・・・・・・
アミン大統領はヒトラーを称賛し、およそ30万人もの国民を殺害した。
「黒いヒトラー」とも呼ばれた。
アミン大統領を演じるにあたって、その数々の残虐行為についてフォレスト・ウィテカーはこう語っている。
「本作で空軍の指揮官を演じた俳優のマイケル・ワウクの叔父さんは1979年、実際にイディ・アミンに殺されているんです。ウガンダで30歳以上の人々は、それぞれイディ・アミンに対して認識が違いました。それは必ずしもネガティブなものだけではありませんでした。実を言うとすごく複雑なんです。あるグループの間では一方的な見方でしたが、それとは逆にほとんどの人達は中立の立場を取っているんです。彼らは、イディ・アミンが数知れぬ人々を殺してきた人物と理解しながらも、それと同じくらい彼の行った政策などに称賛を抱いているのです。だから単なる残虐な話よりもっと複雑だったんです。」
アミン大統領は東アフリカのボクシングヘビー級チャンピオンであり、日本ではアントニオ猪木と闘う予定で 「裏」 では暗黒プロデューサー 康 芳夫 が動いていたらしい・・・・・。(結局この話は流れてしまったそうだが・・・・・)
『葉隠』から話がそれたが、フォレスト・ウィテカーは俺の好きな俳優の一人なのだ。
ちなみに彼は『ゴースト・ドッグ』で瞑想に目覚めたらしい・・・・・。
ではでは、今年の10月から始めたブログですが日本のみならずアメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、ロシア、中国、韓国、台湾などからこのボンクラブログを観てくださったみたいで、
感激しました!嬉しいです!ありがとうございました!
Thank you very much.
Grazie mille! グラツィエ ミーレ!
Danke schön. ダンケ シェーン
спасибо(スパシーバ)
“非常感谢。”
고맙습니다 ゴマッスムニダ
「謝謝、再見(シェシェ、ツァイチェン)」
映画とか音楽とかバイクとか・・・・・・と銘打っている割にはバイクと音楽が無いじゃねーかとお思いの方もいると思います。
音楽については・・・何か評論家ぶったと言いますか、どうしても文章で紹介になると偉そうになるんですよね(文章能力が無いので・・・・)やっぱり雑誌とか観ていると嫌味に感じるんですよ。
そういう感じ・・・好きだからこそ、音楽通ぶった嫌なや~つには絶対なりたくないので、ライブなど観に行ったら投稿しようと考えております。
ちなみに来年は カルロス・ヨンタナ ・・・・・いや、 サンタナ がきますね!
バイクについては・・・イントルーダークラシック400の白、2006年式を所持しております。
まだローン返済中ですが、映画「イージー・ライダー」に高校時代に影響受けてバイク乗ってます。
国内いろいろ行きまして、ネタもあるのでこれもまたいづれ投稿しようと思います。
楽しみにしていただければと思います。
今年一年、嫌なことや楽しいこと、嫌なことや愉快なこと、嫌なことがありましたが、
「お前の話面白いからブログやれよ!」
と言って立ち上げてくれた先輩のIさんとNさん、ありがとうございました!
来年も迷惑しかかけません!
よろしくお願いします!
最後に『猪木詩集』から、
ぐるぐる ぐるぐる 回ってる
一升瓶を逆さに立てて
一気に呷ってラッパ飲み
地球も一緒に飲み込めば
世界のみんなが目を回す
稽古で扱かれ かいた汗
最後の一滴 出尽くせば
乾いたからだが酒を吸う
一気! 一気! 一気! 一気!
「男なら」
毒をも承知で飲む勇気
嫌いな奴をも飲み込んで
明日は明日の風が吹く
ではでは! ~良いお年を~
あれ?・・・・・・・・・・・・・課題は!?
*NASA
アメリカ航空宇宙局(アメリカこうくううちゅうきょく、National Aeronautics and Space Administration, NASA)

三島由紀夫(1925~1970)
日本文学界を代表する作家の一人。防衛省本省で割腹自殺を遂げた。この一件は世間に大きな衝撃を与えた。

ジム・ジャームッシュJim Jarmusch,(1953~ )
アメリカ合衆国出身の映画監督・脚本家である。

フォレスト・ウィテカーForest Steven Whitaker,( 1961~)
アメリカ合衆国の俳優。

イディ・アミン・ダダ・オウメ(Idi Amin Dada Oumee、1925- 2003)
ウガンダの軍人、大統領。元帥、法学博士の肩書も持つ。身長193cmの巨漢で、東アフリカのボクシングヘビー級チャンピオンや1975年にはアフリカ統一機構議長になったこともある。

カルロス・サンタナ(Carlos Santana, 1947~ )
メキシコ出身のアメリカ合衆国のギタリスト。自身の名を冠したラテン・ロック・バンド「サンタナ」を1960年代から率い、現在も活動中




あけましておめでとうございます
返信削除あろみにかです。
生きていくということは
他人に迷惑をかけ続けるということだと思います。
その分、だれかが困っているときには私も
その人を助けてあげたいなと思っています。
今年も一年よろしくお願いいたします。
コメントありがとうございます。
削除今年もよろしくお願いします。
困っている人を助けられる「余裕」を持てるようになりたいもんです。
ではでは^^