ゴジと呼ばれる映画監督がいる。
長谷川和彦 愛称:(ゴジ)
1976年『青春の殺人者』で監督デビュー。
”親殺し”というタブーを扱った作品で、日本映画界に衝撃を与えた。
続いて1979年『太陽を盗んだ男』で脚本・監督を務める。
主演は沢田研二。
孤独な物理教師が原発でプルトニウムを盗みだし、自宅のアパートで原爆を製造。
国家に脅しをかけ、国家を敵に回す。
「俺さ、これ(原爆)持ってるからさ、なんでもできるわけよ。
だけどバカみたいな話だけどさ、何をしたいのかわかんないわけよ、自分で・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんたなら何したい?」
最初の要求は「プロ野球のナイター中継を延長させろ」というものであったが、成功すると次は
「ローリングストーンズ日本公演を実現させろ!!」
と、脅しをかける始末。
さらに、「三日後にチケット発売、三週間後にメディア発表!わかった?がんばれニッポン!!!!」
と政府を茶化す。
すると、
「そう簡単にはいかんぞ!!!」
と、刑事役の菅原文太が一喝!
「そう簡単にはいかんぞ!!!!!」
ストーンズ来日を物理教師に提案したラジオパーソナリティー役の女性(池上季実子)はこう訴える、
「6年前来日予定だったのに政府が中止しちゃったのよ。彼らがドラッグ常習者だからよ。
関係ないじゃない。マリファナ持ってきて商売しようってんじゃないんだから。」
ミック・テイラーというギタリストがいる。
若干17歳にしてクラプトンのソロを完璧にやってのけた男。その後ブライアン・ジョーンズ亡き後のストーンズに加入し、第2期黄金期を支えた奴である。
このボンクラは高校時代に、ミック・テイラーをビルボードライヴ大阪に観に行った。
当時「本物のギタリストが観れる!!」
と、期待を膨らませて観に行ったが、がっかりさせられた。
”ギタリストなのにソロを弾かずに帰る”
ことを奴はやったのだ。
おまけにリズム隊とはズレズレ。サイテーなライヴであった。
どうやら熱があったらしく調子が悪かったらしい・・・・・。
「これが元ストーンズにいた男か?」と、がっかりした。
・・・・・・・・・・・・・。
ストーンズには『Gimme Shelter』、『Paint it Black』という曲があり、どちらも歌詞が強烈だ
『Gimme Shelter / 避難場所』
火事が焼き焦がすのを見ろ
狂った牡牛みたいに お前の逃げ道を失くす
もし 俺が避難場所を持っていなければ
戦争だ、坊やたち、そいつはすぐ目の前だ
戦争だ、坊やたち、そいつはすぐ目の前だ
強姦、人殺し!
それがすぐ目の前よ
それがすぐ目の前よ
『Paint it black / 黒く塗れ』
夜の闇のように黒く 炭のように黒く
太陽なんか消えてしまえ
黒くぬりつぶせ 何もかも 黒くぬりつぶせ
日の丸=太陽と仮定すると、ストーンズをシナリオに入れたことは何かメッセージや意味があるのだろうか。
授業中も原爆の作り方を生徒に教える。(生徒は誰も彼の話を聞いちゃいないが・・・・・・。)
物理教師の政府との交渉時の偽名は”9番”。
これは当時、核保有国が世界で8カ国あることから、「9番目は俺だ」という意味である。
三回目の交渉では5億円を要求。
「5億円で東京が救えるんなら安いもんだろ?」
原爆を作る過程でBob Marley / Get Up, Stand Up(ボブ・マーリー / ゲット・アップ・スタンド・アップ)が流れる。
目覚めろ、起ちあがれ
起ちあがれ、権利のために
長谷川和彦は生涯でこの2作品しか撮っていない。
しかもタブーを破壊し、世の中にカウンターを与える問題作ばかりである。
その超佳作ぶりから日本では伝説の監督と呼ばれている。
これほどの監督が次回作を検討し、最終的に監督が自身のブログで 「この小説を映画化するには自分は軟弱すぎるだろう!」と言わしめた小説がある。
『さらば雑司ヶ谷』 著:樋口毅宏 新潮文庫
バイオレンス、宗教、SEX、グロテスク、タランティーノだ!
それは実際に作中で主人公が「こんな場面どこかで見たことがあるな○○○○の○○○○のシーンだ。」
と、オマージュとネタばらしが行われていくからである。
そこに”リスペクト”を感じるのだ。
この本が話題になったとある甘味処のシーンがある。
それは甘味処の女将〝香代″が「人類史上最高の音楽家」について不毛な議論をしている客に、
「あんたそれ、菊地成孔(きくちなるよし)の受け売りかい」
と、口をはさんだ一コマである。
ちなみにこの甘味処のシーンを実際タモリが一読した後に、
「ふーん・・・・・・。これ書いてある通りで俺が思っている通りなんだけど、放送されてないと思うんだけど・・・・・・何で、この人、ここまで知ってんだろう?」
と、
興味津々な表情で語ったというから驚きだ。
↓ ↓ ↓ ↓
香代 「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やっているけど、いいと思う歌詞は小沢君だけなんだよね。あれ凄いよね。
〝左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも″
って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。
あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わない人間が!まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。
タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何一つ期待していないから。そんな絶望代王に、『自分にはあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる?
マイルスに憧れてトランぺッターを目指すも、先輩から『お前のラッパは笑っている』と言われて断念して、オフコースが大嫌いで、サザンやミスチルや、時には海外の大物アーティストが目の前で歌い終えても、お仕事お仕事って顔をしているあの男が、そこまで絶賛したアーティストが他にいて?いるんなら教えてちょうだい。さあさあさあ」
香代はさらに続ける、
「それだけじゃない。たとえば『ラブリー』は、一聴して能天気なラヴソングに聴こえるけど、
〝とても寒い日に 僕ら手を叩き 朝が来る光 分かりあってた!″
という歌詞は、常に孤独が付きまとう個人主義崇拝の現代社会において相互共有を提唱してるのよ。
夢をあきらめないで、みたいなテクニックが劣る言い回しや、空疎な呼びかけなんかじゃない。
最後のフレーズに〝いつか僕ら外に飛び出すよ 君と僕とはドキドキしてるよ 誰かの待つ歩道を歩いてく″ってあるけど、ここで歌われる〝誰か″はもちろん誰のことか、わかるよね」
「愛が神へと導かれていくことを示唆しているのよ。どう、凄いでしょ?
歌うことがないからとりあえずラヴソングを歌っている連中とは違うのさ。誰もが気軽に聴けるポップソングの中に深い真理を込めたフレーズを織り交ぜる。それが大事なんだよ。
エリート主義や選民意識はいらない。敷居は低く、でもわかる人にはよりその深みと凄さがわかる。それがポップソングの優れたところなんだ。
私にポップソングの深みと有効性を教えてくれたのはビートルズじゃない。ましてやジャズでもない。オザケン、小沢健二なのさ・・・」
おあとがよろしいようで。
*菊地成孔
日本のジャズミュージシャン。TBSラジオ 「菊地成孔の粋な夜電波」放送中
*小沢健二 愛称:オザケン
日本のシンガーソングライター。
沢田 研二(さわだ けんじ、1948~)
日本の歌手、俳優、作詞・作曲家。。ニックネームはジュリー
ザ・タイガース、PGY、を経てソロでも活動。

Eric Clapton, (1945~)
エリック・クラプトンはイギリスのギタリスト。1960年代からヤードバーズ、クリームなどのバンドでギタリストとして活動。
長谷川和彦(1945~)
愛称のゴジは大学時代アメフトのボールを長髪を振り乱して追う形相を、先輩が「ゴジラそっくり」と言ったのが始まりらしい。
Bob Marley(1945~ 1981)
※ボブ・マーリーは1979年に初来日、彼の楽曲を使用するに当たり監督は内田裕也に交渉を以来したらしいが、この来日公演もそれがきっかけであったのでは?と思う。
この二年後にボブ・マーリーは病死。
Charは「今までで一番良かったライヴはボブ・マーリーだった。」と言っていたし、残念だと思う。

菅原 文太(1933~)
日本の俳優。代表作は映画『仁義なき戦い』、『トラック野郎』。
Char(1955~)
日本のミュージシャン。ギタリスト、シンガー、音楽プロデューサーである。
The Rolling Stones
1962年4月にロンドンでブライアン・ジョーンズ(ギター、ハーモニカ)、イアン・スチュワート(ピアノ)、ミック・ジャガー(リードヴォーカル、ハーモニカ)、キース・リチャーズ(ギター、ボーカル)によって結成されたイギリスのロックバンド。
Quentin Tarantino(1963~)
クエンティン・タランティーノ
アメリカ合衆国の映画監督。








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