11.6.13

Gorilla Gorilla Gorilla

 
 
 

 



台風が東に反れましたね!

呼ばれてもないのにボンクラです。












社会的に大多数がクリアーする「落ちぶれなかった安堵感」に浸れた事に、徐々に違和感を感じている今日この頃・・・・・。

やっぱり駄目なんでしょうね~!


何がだよ!!!


すみません、就職活なんちゃらです。

自分でもよくわかりませんが、5月中は就職活動でいろいろアレしたり、コレしたり、モンモンしたり、考えたりして、苦しかったんですのよ!

なぜか?




周りを視ないといけないからである。 否でもだ。






結果的に、本気で就活と向き合って一か月で内定を頂けたわけだが・・・・・

だからこのブログを更新しているわけなんですが・・・・・

まあいろいろこのボンクラがだねぇ、思うことなんですがねぇ、いろいろあるんですよねぇ・・・





だから何がだよ!!!!





・・・・・・・・・・・・・


まあ何が言いたいかと申しますとですね、「好きなことを本気でやる」ということは、ただの独り歩きな我がままで、それを若いうちから実行することはただ世間様から逃げているだけだと・・・・・


本当にそうなのかな?と思うんですよ。


若いから、苦労する面はあって、金銭面、時間、タイミング、学校、友人関係もろもろ・・・・・

大人の目、世間の目、家族の中の立場、なにより将来。

それらを考えた上で、至った結論は"行動"すること。

その結論に至るまでに悩んだり、苦しむ時間。

そこから行動する覚悟と勇気。

それらを十分に成し遂げた上での後ろめたさを払拭するぐらいの努力。

と、その具体的な証明。

これら素材を得るに当たって起こした行動や決断がはたして”逃げること”になるのか・・・・・



もし自分を通して結果、社会的な勝ち組(ホント反吐が出る言葉ですねコレ)から落ちぶれたとしても、そこに救いの道はあるはずだと、それ(愚行や汚職)にまみれずして何が人生じゃ!

と、

思うワケなんですよ。

俺はバカなんで、お勉強もできないし、成績も多分下から数えた方が早いと思うんですが、就活するに当たっては、


「これら素材を得るに当たって起こした行動や決断」


をアピールしただけなんですよ。

そこにしか自分はいないと思うし、その行動力やバイタリティが一番難しくて大切なことなんだぞ。

そこから目を背けないことが大人になるためには必要で、

それこそが真実なんだと信じてやってきた事だから、こうした過程、やってきた過程が認められないんだったらお終いだな。と思っていたし、


その行動力やバイタリティは、同年代の連中と比べて頭一つ抜きんでる圧倒的な自信はあったし、まあ顔を見ればわかることだしね。


ただ、


その苦労も知らないし、実行しようと行動さえしなかった真っ当な「大人」から言われてもですね、まあそれで幸せならいいと思うし、別にこのボンクラが相手に物申す筋合いはないわけですが・・・・(相手って誰だよ)

社会的には成功だし、システムがそうだからな。演じれば自由とは引き換えに安堵感と安定が得ることができるわけだしな。

いいんだよ、いいんだけども・・・・・・・


ただ、つまらんのだよ。カッコよくはないのだよ。だから駄目なんだよ。悪いね。すみません。



社会の枠組みに収まる引き換えに、失うものをボンクラは知っている。

それは「自由」だ。

安定や安堵感、これらはすべて”帰属意識”だ。

会社や家族や世間に縛られている限り、これらを得るのである。これが成功?笑わせんな!

好きなことから目を背け、長いものに巻かれることで安心感を得る人生。

ダサいっすよね。ほんと。

そういう小利口でせこせこ無難に立ち回る奴にはなりたくない。




”自分が強いものに逆らう勇気もなく、ただ長いものに巻かれて生きているからそうでない人間に嫉妬する、惨めな、行き場を間違えたルサンチマンだ。”





・・・・・・・・・・・・その通りだ。



”帰属意識”を得ることは確かに大変だし、難しいことかもしれん。

ただ、あまり快適とも思えない場所に必死にしがみついてるだけなんじゃないか、それははたして楽しい人生なのか。

と思う。

自由は「孤独」を意味する。

孤独に生きる覚悟のないものはだから自由を欲しない。

”帰属意識”を得ることは確かに孤独ではないけれども・・・・・・・・・



「自由」を得るために見えてくる真実。



「自由」を知らずして得る”帰属意識”。


意識的なのは前者で、無意識的なのは後者である気がするのは俺だけじゃないはずだ。



ただ「自由」から目を背けた人間が、後者を正論ぶるのは本当にダサい。

そんな奴は大人じゃねえよ!と言いたいのだ。












「臭いものには蓋をする」


という、古から伝わるロングセラーなことわざがある。





~ジャングル小学校~




「あなたたちは蓋の上を歩きなさい!」 (あなたたちって誰だよ)

「でも先生!蓋の中身は何ですか?」 (先生ってだれだよ)

「ゴリラ君!疑問をもってはいけません!」 (ゴリラってゴリラだよ)

「でも・・・・」

「でもじゃありません!」

「僕たちには知る権利があるって教えてくれたのは先生でしょ!」

「(しまった・・・・)  あなたはまだ子供だから知らなくてもいいんです!」

「でも・・・・・」、 「それでは授業はここまで、ゴリラ君は放課後職員室に来なさい!」

「待ってください先生!」、 「もう、何なのよゴリラ君」

































































その後、ゴリラは学校を自主退学。本を読み、ハンター・S・トンプソンに感銘を受け、ジャーナリストになった。

GONZO精神を受け継いだ彼は、ついに「蓋の中身」の真実を知ることとなる。

そこでゴリラが視たモノは・・・・・・・・。

ゴリラはパンドラの箱を覗いてしまった。そこには偽善や偽悪、愚行や汚職にまみれた”人生”があった。

が、ゴリラは驚かなかった。

それは、ゴリラ君が真実を追い求めてきたその過程ですでに視て、経験してきたものばかりであったからだ。

ゴリラは本当のゴリラ(大人)になった。

彼は学校を辞める「覚悟」をした時点ですでにゴリラ(大人)だったのだ。



            ~おしまい~









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・・・・・・





・・・・・・・・・




・・・・。













だからなんなんだよ!!!!!(本当のゴリラって何だよ)




まあ、自分でも何書いてるか「わっかんねー」状態なんですが、

そんな俺のブログを閲覧してくださってる暇人であろう方々には、こんな若干説教じみた話をだねぇ、

他でもないボンクラ野郎にされるのは片腹痛いのを通り越して、さぞかし腹正しいと推察するが、言いたいこと、書きたいことは物申させてもらうよ!俺のブログだからな!




ただ一つ言いたいのは、


ゴリラは「正直」であっただけだ。

こんなゴリラ君がいたら、おれは全力で味方になりたいと思う。

そんな気持ちを一生忘れずにいたいと思う。


と言いたいワケですよ!バンバン!(机を叩く音)




このゴリラは、胸を張って疑った。

疑ったこと事態に疑問を持ってはいなかった。

本当に純粋な気持ちと好奇心であった。

だが、「先生」はその純粋な気持ちに正面から向き合おうとはしなかった。

ゴリラも自主退学する前には先生以外の「大人」にもその気持ちをぶつけたはずだ。

だが、その繰り返しの中で、無駄だと悟り、自分の意志で覚悟を決め、自主退学を
キメたのである。

こうした経緯が導き出す結論は、


このゴリラ君の人生こそ真っ当で勝ちであるということだ。



この教室の中で真剣に勉強しようと先生の話を聞いて学ぼうとしていたのはゴリラだけであると断言できる。

ゴリラ以外の同級生は先生の話なんか右から左で右から左だ。

事なかれで済むのがお勉強だとしたら、勉強って何だ?

真剣に学んだ姿勢が疑問に至ったのだ。

その疑問をないがしろにされ、「ウザいゴリラ」、略して「ウザゴリ」


と、


同級生からいじめられ、先生から不当な扱われ方する運命にある・・・・・・・・・・・・・・・のかは知らないが、

臭いものには蓋をしろ!するではなく「しろ!」と言わんばかりの現実。

何が正しいであれ、正しくないであれ、この小さな教室で起きた不条理に対し反骨精神から圧倒的な権力や権限、権威であるBOSSゴリラ(先生)に対して中指立てた彼は真に、




FUCKIN GORILLA”



であったのだ!!









                                          


・・・・・・・・・・・・・・・・・・






・・・・・・・・・・





・・・・・




・・キマッタ!
















































































Gorilla(ゴリラ)

ゴリラは、動物界脊索動物門哺乳綱サル目(霊長目)ヒト科ヒト亜科ゴリラ族ゴリラ属Gorilla)に分類される構成種の総称。


外敵を威嚇する際には、二足で立ち上がって両手で胸を叩き、ポコポコポコと高く響く音を立てるドラミングと呼ばれる行動をとる。落ちている枝を折って見せるのも威嚇の一種だと考えられている。

















Fuck(ファック)

ファック (fuck) は、「性交する」を原意とする極めて卑俗な英語表現の一種である。この表現には攻撃的な要素が含まれており、公には歓迎されない。その一方で、大衆誌や風俗誌などの影響により、20世紀末から21世紀初頭にかけての文化として一般に認知されている。

汎用的には「馬鹿野郎」や「死んじまえ」などの罵り言葉として使用される。fuck off! で「失せろ」や「あっち行け」という意味、what a dumb fuck は「大馬鹿者」という意味。










Hunter Stockton Thompson(1937 ~2005)


ハンター・S・トンプソンは、アメリカ合衆国のジャーナリスト、作家として活動した。

彼のスタイルはゴンゾー・ジャーナリズムと呼ばれた。

























2 件のコメント:

  1. いつも以上に激しいブログに感動いたしました、あろみにかです。

    自由を求めるということに、好奇心を含む人間各々の個性があらわれることには同意いたします。何が好きか、何をしたいか、流されるでもなく自分で決めてこその人生であるように思います。
    社会的で没個性的な、言われるパンピー(一般people)にはユニークさの欠ける人が多いかもしれません。ある意味でそれは、つまらない人間に成り下がったと言い得ることができるのかもしれませんね。もちろん、そういった人達が悪い人でないことは承知しているのですが…。
    社会という決められた枠組みの中で、その上で抑制された"制限付き自由"といかに折り合いをつけて生きていくのかが、まさしく生きていくことなんでしょうね。
    それはさておき、私も来年は就職活動がんばらねばファッキン!凸

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  2. コメントありがとうございます!

    就職活動が終わって! ほっと、安心はしたのですが。

    学校の中ではその「側」になったわけですよね。

    なんとも居心地が良いのか悪いのか・・・・・。

    違和感があるんですよね(笑)

    「俺は側にいたら駄目になっちまうんじゃねぇか!」

    と思ってしまうんですよ。

    よくわからないんですけど。心の中のガキの部分は一生消えない気がしますし、上手く付き合って行くしかないのでしょうかね?

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