水道橋博士が2ちゃんねるで叩かれている・・・・。
番組でアンダー・ザ・ブリッジ市長が、「有権者の方は冷静だなと・・・・小金稼ぎのコメンテーターとは違いますよね。」
発言に対して博士が、
「番組降ろさせてもらいます、(私は)違います、それでは3年間ありがとうございました。」
と物申したことに騒いでいるのである。
・・・・・・・
なんだか力がへなへなと抜けてしまう。
俺はTV業界や、メディアによって世間を意識する恐怖など、それぞれの立場からの正しい発言や対応など、何が正解であるのかわからないが、
一つだけ言えることは、
騒ぎだすのはいつも外野
だということだ。
外野(自分も含めて)卓上でコソコソ中傷することが、ときに正しい方向に向かうこともあると思うが、今回の場合は違う。
「批判」するということは、その対象に対して批判するに足りうる情報や知識が問われるべきものだ。
「否定」も同じだ。
そうした基本的なことを理解せずに中傷している書き込みが目立つ。
ロクにその対象に寄り添うこともせずに口だけの否定なら中学生でもできる。
それに伴って、説得力や的を射ていない。残念だが・・・・。
「たけし軍団」大好きなんでやんすよ!!
前回の内容で「自由」とは何か?と少し触れやしたが、なんだかわけのわからん方向にいっちまいやしたので、今回は「不自由」について投稿しやす。
お前の「自由」、「不自由」、禅問答なんて知らん!興味なし!
という方が100%存在するであろう事実を100%スルーして更新しますぜ!ハイ!
・・・・・・・・・・・・
世の中には『禁書』というものがある。
それは”政治史”に”戦争”が結びつくからだ・・・・
『Johnny Got His Gun』 邦題:ジョニーは戦場へ行った
著:Dalton Trumbo ( ドルトン・トランボ)
本著の中でドルトン・トランボは次のように述べている。
「戦時中に禁書となり、戦後出版できるということは、私にとって喜ぶべきことではない。」
”第二次世界大戦” は本著の刊行する2日前に勃発。
この本の初版本は1939年9月3日に刊行された。
つまり、本書は ”第二次世界大戦” (1939~1945) 勃発直前に、 ”第一次世界大戦” (1914~1918)について書かれたアメリカンノベルだ。
『フランケンシュタイン』という”ホラー(恐怖)映画”がある。
『Frankenstein』1931年公開
”ホラー映画”というと、見世物要素が強くて、安易な娯楽と断罪されること多い。
しかし、歴史と照らし合わせると、単純にそうは言い切れない。
現代では ”クラシック・モンスター” として大衆的に認知されている ”フランケンシュタイン” だが、映画史と時代ををひも解くと、ある共通点が見つかる。
それは、意識的であれ、無意識的であれ、”恐怖映画”はその "時代の恐怖を反映" しているという点である。
すなわち、”ホラー(恐怖)映画” は、 "大衆の恐怖の心理" を反映してしまう。
このことに当てはめると、
フランケンシュタインが公開された当時、
”異形な人間”
”人間の形が壊れてしまう恐怖”
に、人々は震えあがったと言える。
それは ”第一次世界大戦” が終わって ”復員兵” が戻ってきたからで、 ”傷痍軍人” の恐ろしい姿を、戦争の恐怖と照らし合わせて観たからだ。
* 「傷痍軍人」 (しょういぐんじん)..............戦傷を負った軍人のこと。
『ジョニーは戦場へ行った』は、その ”傷痍軍人” の話だ。
------------ジョー、ジョー、ここはお前さんが来るところではないんだ、お前の戦場じゃない。デモクラシー(民主主義)のために世界の安寧をはかるといったところで、お前には関係のないことじゃないか?
ともかくジョー、お前はここにいる。想像以上に傷を負っている。川の向こうの丘に葬られたほうがよかったかもしれない。ジョー、たぶんお前の懸念以上に病状は悪いかもしれないのだ。
ああ、どうしてこんな厄介なことに巻きこまれたんだろう?これはお前の戦いではないからなのだよ、ジョー。
戦いがどんなものであるかをお前はちっとも知らなかったのだ--------------------
本書はそのあまりの内容に、軍の検閲で ”反戦小説” とされ発禁となる。
1945年、第二次世界大戦が激しくなるにつれて本書はついに ”絶版” となる。
以後、二版、三版と重ねるが、 ”朝鮮戦争” (1950~1953)にはまた”絶版”となった。
1971年には映画化の企画が持ち上がる。
本と同様に反戦プロパガンダとして懸念され、企画が進まなかったが、
それは当時アメリカが ”ベトナム戦争” 真っ只中であったからだ・・・・。
その後、コメディアンのビル・コスビーが出資したことによって映画化が進んだ。 ↓
1971年公開
内容に触れる前に疑問点を解決する必要がある。
ナゼ、企画が進まなかったのか・・・・・
それは彼が ”共産党員” であったからだ。
共産党員であったことと、反戦運動家だと認知されていたトランボは ”赤” とみなされ、 ”赤狩り” の対象となったのである。
*「共産主義」........階級や資本など平等な社会を目指す思想のこと。(ザッくり言うと)
*「赤」.............共産党およびその支持者を指す。
*「赤狩り」..........共産主義者を社会的に追放すること。
1947年、「非米活動委員会公聴会」がハリウッドで開かれ、共産主義者のあぶり出しが行われた。
映画が文化として成り立つアメリカでは、 「映画」 の大衆に対しての影響力は絶大だ。
「共産主義者でない」ということを身の証を立てなければ映画の世界では生きていけなくなった。
更に、公聴会では、「共産主義者でない」というだけでなく、仲間の名前を言わなければならなかった。
「共産主義者の友人がいるだろう。それをここで明かしなさい」
と求められたのだ。
共産主義者だと認めれば仕事や地位を失う。
しかし、共産主義者でないと証言すれば自からの思想・信条に反する。
トランボは証言しないことで〝赤狩り〟に抵抗した。
実際の尋問↓
(委員会尋問) 「あなたは共産党員ですか。かつて共産党員だったことが有りますか。」
(トランボ) 「あなたはいかなる理由でその質問をしているのですか。」
(委員会尋問) 「質問するのはあなたではない。あなたは共産党員だったことがありますか。」
(トランボ) 「私は質門の根拠を 知る権利 がある。あなたはいかなる権利を持っているのか。」
トランボの長女 ニコラ・トランボ は当時のことをこのように語っている・・・・・↓
「父は自分の境遇を嘆くことはありませんでした。本当に怒っていたのは密告者が横行する ハリウッドに対してでした。自分が助かりたいばかりに罪のない人の名を告げてしまう。密告を恐れ古くからの友人同士がある日から口も利かなくなるのです。本当に痛ましい時代でした。」
第一回目の非米活動委員会公聴会では ”ウォルト・ディズニー” が召喚される。
ウォルト・ディズニーは公聴会でこう発言した・・・・↓

「自由の国アメリカから共産主義をあぶり出すべきだ」
ED"Big Daddy"ROTH エド”ビックダディー”ロスという男をご存じだろうか。通称エド・ロス。
彼は、世界中で愛されている ”ミッキーマウス” に対するカウンターカルチャー的なキャラクター、
RAT FINK
ラット・フィンクを生み出したことで有名だ。
このアンチミッキーな ”ドブネズミ” が誕生した背景にはハリウッドで ”赤狩り” に賛同し、「仲間を売った」ウォルト・ディズニーに対しての批判が込められている。
しかし、ディズニーは 「悪~いやつ」 なのか?
ディズニーに寄り添って考えてみると 「ただ悪い人!」 とは、断言できない。
人にはそれぞれ ”立場” というものがある。
「立場」 とはその人の置かれている地位や境遇、その状況から生じる考え方だ。
そして、当然ながら ウォルト・ディズニーにも ”立場” というものがあった。
「立場」
ディズニーは〝赤狩り〟派であり、赤狩りに賛成だった人たちは ”企業の経営者側に立っている人たち” であった。
労働問題があり、大勢の人々が働かないとアニメが作れない時代だった。そうした背景から、共産主義に一番強く反対した一人がウォルト・ディズニーだったのだ・・・・・・。
不思議な点は、何故、トランボが執拗に迫害を受けていたのかという点だ。
それは、 ”政府” が関係していた。
トランボが戦後になってから共産主義的な映画を作って人々を洗脳していくことを ”政府” が恐れたから
だった・・・・・・。
その ”政府” に対し、トランボは 「拒む姿勢」 「拒絶する姿勢」 を貫いた。
そして、自身の正義も曲げず「決して仲間を売らなかった」 のだ。
トランボは優れた脚本家であり、決してその「信念」を曲げなかった。
この、ハリウッドを席巻した ”赤狩り” において「決して仲間を売ることがなかった」トランボを含む10人は、
”Hollywood Ten”
”ハリウッド・テン” と現在も呼ばれ続けている・・・・。
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------------彼は異常な状態にある男であった。
全生涯を通じ、どこにいようと面倒をみてくれる人たちが必要だった。それは金がいるということであった。
だから彼は人類の重荷となっているのだ。政府はもちろん、彼の世話をするものはだれひとり、金を出してひとりの人間を満足させ、財産を費やして彼の面倒をみ、その結果、彼を屋外の空気が吸えるように、まわりの人間と交わることができるようにしてくれる人間はいないだろう。
ある一部の人間に対してはそれも可能であろうが、彼のような患者については政府はけっして理解することができない--------------------
------------やがて彼は思いついた。
彼には自分の費用や彼を看護してくれる人の費用を、じゅうぶん払えるだけの多額の金をかせぐ力があることに気づいたのだ。
人の重荷や政府の邪魔者となる代わり、彼は逆に彼らに金を与えられるのだ。
人間というものは金を払っても、こわいものが見たいという好奇心をもっている。
そしてこの地球のどこを歩いても、おそらく彼のような恐ろしい生きものはいないのだ--------------------
------------ここから出してくれ、ここから出してくれ、ここから出してくれ、と彼はたたいた。
おれはなんの迷惑をもかけない。おれの面倒はみてもらわなくてもよい。自分で稼げるし、みんなと同じように仕事ができる。
ナイト・シャツを脱がしてくれ。ガラス箱を用意してその中へおれを入れてくれ。
おれをガラス箱に入れ海岸へ、地方博覧会へ、教会の慈善市へ、サーカスへ、巡業見世物(カーニバル)へ運んでくれ--------------------
------------彼はテキパキと慈善事業を行うだろう。
かれは知的な見せものだ。 人々は彼を解剖しても得るところはあまりないが、戦争については多くのことを学ぶだろう。
四肢を切断した母体に戦争を集約して、人々の前にそれをさらすのは素晴らしいことだ。
だからみんなは新聞の見出しに書かれる戦争という文字と、自由の道へ進むこととの、あるいはひとり淋しくぬかるみで戦うこととの違いを見ることができるだろう。
ひとりの人間と高火力をもった砲弾とどこかで遭遇した実際の戦争というものを見ることができるだろう-------------------
------------おれはなんにも悪いことをやったわけじゃない。
だれにもこんなふうにおれを閉じ込める権利はない。
刑務所にいるようだ、精神病院にいるようだ、6フィートも土をかけられた墓の中にいるようだ。
こんな状態に置かれた人間が、気が触れずにどれだけもちこたえられるかということがあんたたちにはわからないのだ。
おれは息がつまっている。
これ以上息がつまるのはごめんだし、もう我慢ができない。
もしおれに両腕があれば、動き、押し、壁に穴をあけ、カバーをのけてもっと広々とした場所へ行くことができる。
もし声を出せるならば、助けてくれと喚き、叫ぶことが可能だし、自分にしゃべりかけることができるし、自分を勇気づけることもできる。
もし両脚があったら、走り、逃げ、空気があるところへ、部屋の外へ、空気を送る穴もいらず息苦しくない場所へと飛び出すことができる。
しかしこのおれは、これらのものをなにひとつ持っていないから、なにひとつやることができないのだ--------------------
------------だから助けてもらいたい。
あんたたちがとても想像することができないほど、おれは気が触れそうになっているし、狂人になりそうだし、息の根が止りそうだから、早く助けてもらいたいのだ。
心の奥底でおれは悲鳴をあげ、大声で喚き、押し、戦っている。
部屋のため、空気のため、窒息から逃れるためにだ。だから空気を感じられ、人々に直接に触れられるところへおれを連れて行ってもらいたい。
お願いだから連れ出してくれ。
そうすればおれは息のできる部屋を手に入れることができる。
ここから出してくれ、そして元の世界におれを連れ戻してくれ--------------------
METALLICA(メタリカ)に 『One』 という曲がある。
メタリカは、1981年にジェイムズ・ヘットフィールド (Vo/G) とラーズ・ウルリッヒ(Dr) らが中心になって結成された、アメリカのヘヴィメタル・バンド。
商業的に世界で最も成功したメタル・バンドである。
彼らの4枚目のアルバム「And Justice for All (1988)」に収録されている 『One』 は 『ジョニーは戦場へ行った』 が元になっている。
「And Justice for All (1988)」
当時、ジェームズ・ヘッドフィールドはマネージャーに
「人間って”身体”を失い、”脳”だけだとどうなるのか?」
とたずね、後日マネージャーがこの映画を持ってきたそうである。
「One」とは"ダルマ"
「孤独」の意味合いと、・・・ ”両腕両脚が無い” という意味を含む。
”ジョニー”は、戦場で砲弾にあたり、
目(視覚)、鼻(嗅覚)、口(言葉)、耳(聴覚)を失い、両腕、両足を失った。
彼は何も見ることができず、においを嗅ぐこともできず、口もきけず、耳も聞こえず、苦痛を伝える術もない・・・・
『One』 のMV(ミュージック・ビデオ)ではこの映画の映像が挿入されている。
アメリカではこのMVがお茶の間で放送された。
規制の範囲は ”受け手” に委ねられるが、「懐の深さ」は間違いなくアメリカにはある。
何一つ覚えていない
I can't remember anything
夢うつつかわからない
Can't tell if this is true or dream
心の奥底から叫びたくても
Deep down inside I feel to scream
この恐ろしい静寂が俺を黙らせる
This terrible silence stops me
俺の戦いが今幕を下ろし
Now that the war is through with me
目覚めても 何も見えてこない
I'm waking up, I cannot see
俺に残されたのはムダなものばかり
That there is not much left of me
今や現実と呼べるのは苦痛だけ
Nothing is real but pain now
死を受け入れ 息を止める俺を
Hold my breath as I wish for death
神よ どうか 目覚めさせてくれ
Oh please, God, wake me
母の胎内に戻ったような感覚
Back in the womb it's much too real
命の鼓動は感じるのに
In pumps life that I must feel
俺の存在が明るみに出る日を
But can't look forward to reveal
待ち望むことができない
Look to the time when I'll live
チューブから食事を与えられ
Fed through the tube that sticks in me
まるで 戦争の土産物のように
Just like a wartime novelty
機会に繋いで生かすだけなら
Tied to machines that make me be
いっそ俺を殺してくれ
Cut this life off from me
人工呼吸器を外せ 俺は死にたいんだ
Hold my breath as I wish for death
神よ どうか 救いの手を
Oh please, God, wake me
今 世界は去り行き 俺は"ダルマ"
Now the world is gone, I'm just one
ああ 神よ 助けてくれ
Oh God, help me
呼吸を止め 死を望む俺に
Hold my breath as I wish for death
神よ どうか 救いの手を
Oh please, God, help me
闇が 俺を社会から隔離し
Darkness imprisoning me
終わりなき恐怖を 目縁に映す
All that I see Absolute horror
生きる気力は失せ 死ぬこともできず
I cannot live I cannot die
肉体という監獄に 縛りつけられている
Trapped in myself Body my holding cell
地雷は俺の両目を奪い
Landmine has taken my sight
俺の口を奪い
Taken my speech
耳も
Taken my hearing
腕も
Taken my arms
脚も
Taken my legs
魂までも奪って
Taken my soul
生き地獄に俺を置き去りにしやがった・・・・
Left me with life in hell・・・・
MV → http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=WM8bTdBs-cw
ダルトン・トランボ(ドルトン・トランボとも表記)は、アメリカ合衆の脚本家、映画監督。アメリカで1940年代に起こった赤狩りに反対したいわゆるハリウッド・テンの一人。
迫害期にはベン・L・ペリー(Ben L. Perry)、ロバート・リッチ(Robert Rich)のペンネームで活動し、またイアン・マクレラン・ハンター(Ian McLellan Hunter)の名義を借用したこともある。
『ローマの休日』 1953
阿久 悠 (1937~ 2007)
阿久 悠(あく ゆう)は、日本の放送作家、詩人、作詞家、小説家。本名、深田 公之(ふかだ ひろゆき)。
阿久 悠の作詞した曲に『ジョニイへの伝言』がある。
『「企み」の仕事術 阿久 悠』のなかで阿久 悠はこう述べている。↓
「ジョニイはその後、どうしたのでしょうね」。
実際には歌の中には登場しないのに、なぜか、その面影が心に残る男がいる。その男はどのような男だったのか。
また、どのような生活をしていたのだろうか、聞いた人にとっては気になる存在だったらしく、同じような質問を何人かからされた記憶がある・・・・。
阿久 悠が『ジョニイへの伝言』を『ジョニーは戦場へ行った』を元にしたのかは定かではないが・・・・。
ED ”BIG DADDY” ROTH (1932~2001)
エド ”ビッグ ダディ” ロス
カスタム・カルチャーのビッグ・ダディと呼ばれた多才な男。カリフォルニアを代表するHOT・ROD ビルダー。ピン・ストライプ、ブラシ・アートの達人。
Walt Disney (1901~1966)
ウォルト・ディズニー、は、アメリカ合衆国・イリノイ州シカゴに生まれたアニメーター、プロデューサー、映画監督、脚本家、声優、実業家、エンターテイナー。世界的に有名なアニメーションキャラクター「ミッキー・マウス」の生みの親であり、兄のロイ・O・ディズニーと共同で設立したウォルト・ディズニー・カンパニーは350億ドルの収入を持つ国際的な大企業に発展した。
「ラットフィンク」は「ミッキーマウス」に対するアンダー・グランド・カルチャーの回答として、社会から落ちこぼれた少年やドロップアウトしたアウトローたちのシンボルとなった。
たけし軍団
たけし軍団(たけしぐんだん)は、日本の芸人グループ。ビートたけしの弟子および弟子志願者の一群を指す総称。1983年に結成、太田プロダクションよりデビューした。
基本的にはビートたけしの許で芸人修行する者の集団。関わってはいつの間にか消える者も居るために総数は不定である。たけしは女性を弟子に取らないため、男性のみで構成されている。
浅草キッド
浅草キッド(あさくさキッド)は、
からなる日本の漫才コンビ。オフィス北野所属。たけし軍団に在籍。
今回の事件に関して、相方の玉袋筋太郎はラジオで
「今日のお題は”あなたは小金を稼いだことはありますか”」で茶化し、
水道橋博士は「週刊文春」での自身の連載で、「現在は、小金稼ぎのコメンテーターとして炎上中です(本人談)」と寄稿。
「小金稼ぎ」で流行語大賞狙えるか! 俺は現在燃えてますから! と自身をネタにしている。
・・・・・・さすがだ!
Bill Cosby (1937~現在)
ビル・コスビー(本名 William Henry Cosby, Jr.)は、ペンシルベニア州, フィラデルフィア出身のコメディアン、テレビプロデューサー、作家、俳優である。
デビューから30年間以上もの間、世界で最も偉大なエンターテイナーの一人として活躍してきた。「黒人俳優・エンターテイナーの第一人者」とも呼べる存在。
アメリカを代表する伝説的コメディアン。デビュー当時から、コメディー界の第一人者としてシーンを引率しており、自らのトークショーを通じて、常に人種差別や暴力などのアメリカ社会の抱える闇の部分と戦い続けてきた。今年でデビューから50年近く経っているが、アメリカを代表する有識者として、彼の発する言動には未だに絶大的な影響力がある。
信太英男・訳 角川文庫
これは本書が非常に強力な反戦メッセージを持っていることに、アメリカ政府(特に軍部)が危機感を持っていたことの証左とも言える。(実際に著者は1947年に共産主義者のレッテルを貼られて逮捕、禁固刑に処されている)
後の1971年(ちなみにベトナム戦争の最中)、著者自身の脚本・監督により映画化された。
なお、本作のタイトル『ジョニーは戦場へ行った(Johnny Got His Gun)』は、第一次世界大戦時の志願兵募集の宣伝文句で、軍歌『オヴァー・ゼア』(Over There)でも有名になった「ジョニーよ、銃を取れ(Johnny Get Your Gun)」という呼び掛けへの痛烈な皮肉となっている。
- 本作の主人公。触覚を除くほとんどの知覚を失い、また手足も無い「意識を持つ生きた肉塊」と化してしまう。
なお本作の語り手はジョニーで、彼自身の過去の記憶や現状など、全てが彼の「内的独白」によってのみ記述されており、一切の第三者視点が存在しない。
- 第一章「死者」
- ジョニーは、徴兵によって最愛の恋人カリーンに別れを告げて第一次世界大戦へと出征する。
- しかし、異国の戦場で迫り来る敵の砲弾を避けようと塹壕に飛び込むが、目(視覚)、鼻(嗅覚)、口(言葉)、耳(聴覚)を失い、また壊疽をおこした両腕、両脚も切断されてしまう。
- ほとんど身体を動かすこともできず、ジョニーの意識は「現在」と「過去の記憶」とを何度も行き交いながら、孤独と暗黒と沈黙の中へと落ち込んでいき、ついには自ら死を望むようになる。
- 第二章「生者」
ジョニーは自分が生きていることを実感するために、さまざまな思考をめぐらす。
そして、ついに自らの意思を伝える手段として、モールス信号を使うことに辿り着く。
僅かに動く首を使って、必死にモールス信号を送り続けるジョニー。
モールス信号を理解できない、またジョニーに意識があることを信じない看護婦や医師は、それを痙攣の発作と勘違いし、麻酔を投与して押さえ込んでしまう。
しかし、あるクリスマスの日、新しくやってきた看護婦はジョニーの胸に、指で「MERRY CHRISTMAS」と書いた。
一文字書かれるごとに頷くジョニーをみて、看護婦はジョニーに意識があることを知り、彼の首の動きが何らかを求めるサインではないかと試行錯誤し、ついにはそれ自体がなにかの信号であることに気付く。
そして、ほどなく現れた別の者の指が、ジョニーの額にモールス信号を叩く。
「何が望みか?」と。
それに対して、ジョニーは答える…。
反戦小説として繰り返し ”発禁” ”絶版” となるに足りうるものが本文にある。
------------議会や国会や大会や議院へ連れて行って下さい。議員たちが名誉、正義、民主主義のために世界の安全を図ること、ウィルスン大統領が声明した第一次世界大戦の講和第十四項目、さらに民族自決について語るとき、その議会の場に居合わせたい。
ぼくには頬を突き刺すような舌がないし、むろん頬もないのだ。
しかし政治家には舌があり、頬もある。
ぼくを入れたガラス箱をその演説者の机の上において下さい。槌がふりおろさせるたびに、その震動音をぼくの小さな宝石箱を通して感じさせて下さい。
それから彼らに、通商政策や、通商禁止や、新植民地や、旧弊について演説させて下さい。
彼らに黄色人種の脅威、白人の重責、統治の方向、なぜわれわれはドイツを粉砕しなければならぬかということ、さらにはドイツのつぎの相手はどの国かなどを討論させて下さい。
彼らに南アメリカ市場、なぜだれそれが南アメリカ市場からわれわれを締め出すのか、なぜわれわれ商船は競い合うことができないのか、強硬な外交文書を送るべきであるなどについて話させて下さい。
彼らに軍需品、飛行機、軍艦、タンク、毒ガスをもっと大量に造るべきだと話させて下さい。
なにがなんでもそれらの武器が必要なんだ、それらの武器なくして対抗することはできない、それらの武器を持たなければ、世界の平和を擁護することがどうしてできようか、と話させて下さい。
彼らに連盟や同盟や相互援助条約や中立保証を成立させてやって下さい。
彼らに外交文書、最後通牒、抗議や非難の文書を起草させてやって下さい--------------------
------------しかし国民が政治家に投票するまえに、そして彼らがあわれな全選挙人に向かって殺し合いを始めろと命令を下すまえに、大物にぼくのガラス箱の上にある槌を使ってたたかせ、ぼくを指ささせて、諸君、ここにある結果こそなにはおいても知るべきであります、すなわち諸君はこの事実を認めるか否定するかの岐路に立たされているのであります、と演説させて下さい。
そして否定するものがあれば彼らを国民と同様立ちあがらせ、投票によって決定させてやって下さい。
もし認めるものがあれば、彼らを絞首刑に処し、吊り下げ、死体を四裂にし、小さく切り刻んだそれらの肉片をもって街路を行進し、野生の動物が食い荒さぬ野っ原に投げ捨て、それらの肉片を腐らせ、その腐った場所には緑の名のつくものは生やさないで下さい--------------------
------------教会や戦争のために破壊されるので、五十年に一度は再建しなければならぬ、高くそびえ立つ大会堂へ連れて行って下さい。
ぼくの入ったガラス箱を王や、牧師や、花嫁や、コンファメーション( 堅信礼 《通例幼児洗礼をけた者が成人してその信仰を告白して教会員となる儀式》【キリスト教】 )を行う子どもが行くたびとなく訪れ、幸いにも死ぬことのできたある男の身体を釘付けにした、本物の十字架の木片にキスして立ち去った後で、その教会堂のそ側廊へ運んで下さい。
その箱を高き祭壇において、神を呼び、神のつくりたもうた凶悪な、小さな子どもたち、神のつくりたもうた愛らしき、小さな子どもたちをを見下ろさせて下さい。
ぼくににおいを嗅ぐことのできない香をたいて、けむりをおくって下さい。
味わうことのできない聖餐用の葡萄酒をがぶ飲みさせて下さい。
耳にすることのできない祈りの言葉をつぶやいて下さい。
ぼくは両脚両腕がないのでできませんが、神聖な、古びた儀式を行って下さい。
ぼくが歌うことのできないハレルヤ (「主をほめたたえよ」という意味) を合唱して下さい。
みんなそろってハレルヤをぼくのために、声を張り上げ、大声で歌って下さい。
なぜならぼくは真実を知っているし、君たちは知らないからです。
きさまらは阿呆だ。
きさまらは阿呆で、間抜けで、とんまなのだ・・・・・・--------------------
本書のあとがきでトランボはこう述べている。
この作品は、世界に戦争が起こる限り、いやたとえ起こらなくとも、けっして消えていくことはないでしょう、ジョニーの願いが永遠に続くように、平和は人間から切りはなすことのできない、永遠のテーマなのですから。
本書が今日にいたるまで、たびたび発禁にあいながらも版を重ねてきたということが、その事実をはっきりと示してくれています。
おあとがよろしいようで!
*追記・・・・今日7月4日は独立記念日ですな!
『7月4日に生まれて』(原題: Born on the Fourth of July)、1989年制作のベトナム反戦映画がありますが、また別の機会に投稿します。
ではでは~!

























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